自信がなかったのは、なぜなのか?

 親や夫に対して、自分の気持ちを言えなかったことが、コミュニケーションをとって問題を解決していけなかった原因でした。では、なぜそうなってしまったのかと考えました。

 

自分の気持ちを言えない。N Oが言えない。

なぜか?→自信がない、言える気がしない

なぜか?→親に減点法で常に否定された『過去』に縛られて動けない。

     90点を取って足りない10点について指摘される。

     100点を取っても、オール5を取っても、最後は「驕るなよ」と

     釘を刺されることに怯えていました。

 

 でも、それは親の主観で「ここが足りない」と指摘されているだけで、学校や友達や何かの判定でそう評価されたわけではありません。

だから、「ふん、うちの親、勝手な判定を下してるわ。バカバカしい。」と思えたら、なんでもないことだったのです。

たとえ、第3者の判定であったとしても、それが全てになるわけではないですし。

親という、子供だった自分が依存せざるを得なかった対象の言葉にギュウギュウに縛られていました。本当に愚かなことです。それで人生のほとんどの時間を萎縮して過ごしてしまいました。

 

一番強いのは、根拠のない自信と言います。

そもそも、一人の人間が生まれてきたこと自体が、様々な奇跡が重なって起こった事です。ここに存在しているだけで、誰もが選び抜かれた存在のはずです。流産を経験してから特に、生まれてくる命は幾多の困難や障害を乗り越えてきた特別な存在と思うようになりました。だから、存在しているだけで、自信を持っていいのだと思います。

 

そして、苦しいとき一番支えてくれたのは。私は誰かに愛された、好かれたという経験です。そう思った時に「愛してる」「好きです」と言っておくのはとても大事です。

 

たとえその気持ちに応えてもらえなかったとしても、それを言われた人の生きる支えになっていくのですから。